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1950年代、黄金期がきました!【ファッツ・ドミノ、ジョー・ターナー、ロイド・プライス】

Fats Domino - Here Stands Fats Domino

ファッツ・ドミノ

 ファッツ・ドミノのファッツは太っているっていう意味で、「ザ・ファッツ・マン」でデビュー。

ピアノを弾きながら歌うスタイルでした。 「ゴーイン・ホーム」をヒット。 その後、1953年に「ゴーイング・トゥー・ザ・リバー」「エイント・ザット・ア・シェイム」 R&Bチャート111位、全米チャート10 1952年の「ゴーイン・ホーム」ヒットから1961年までにR&Bチャートのトップ1040曲が入りました。(そのうち9曲は1位になります)

全米チャートのトップ10にも10曲入りました。

レコードの売り上げは6500万枚で、エルヴィス・プレスリーに次ぐ記録になりました。

 ジョー・ターナー

「シェイク・ラトル・アンドロール」全米ヒットしました。

そして、映画『リズム&ブルース レヴュー」「シェイク・ラトル・アンドロール」に出演し、黒人ロックンロールを代表する一人となります。

 

40歳を超えて、巨体を揺らしてシャウトする姿は、みんなから「ビック・ジョー・ターナー」と呼ばれて親しまれました。

ロイド・プライス

1952年に「ローディー・ミス・クローディー」が最大のヒットをしました。

 

ファッツ・ドミノ、ジョー・ターナー、ロイド・プライスは50年代のロックンロールの黄金期を支えました。

当時のできごと

19545月「ブラウン対教育委員会」の判決が起こります。カンザス州トピーガのブラウンという黒人が、娘を、近くの白人学校に通わせたかったが、教育委員会に聞き入れられず、提訴しました。

最高裁判所は、公立学校の人種分離教育を憲法違反とする判決を下しました。このときの世間の反応は、アメリカの白人社会は大きなショックを受け、黒人は、戸惑いながらも人種差別について希望を持った判決となりました。

アメリカの白人が大きなショックを受けた理由は、この判決によって、今回の教育だけではなく、あらゆる面で分離差別政策が事実上根拠を失う可能性が出てきたのです。そして、この判決によって、黒人の公民権運動が勢いを持ち本格化していくことになりました。