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中島敦『山月記』~あらすじを読む~

高校の教科書で、初めて読んだときは、読みにくく、まったく面白さを感じられなかった。私にとって漢文調の文体は、さらさらと読みやすい文章ではないので、話が入ってきませんでした。

今回読み直すにあたって、『林修の「今読みたい」日本文学講座』の本で読み返しました。

 

概要

山月記には『人虎伝』という元ネタがあります。『人虎伝』は中国の作品で、清朝(1616年 - 1912年)の説話集『唐人説薈』中の「人虎伝」(李景亮の作とされる)です。

 

あらすじ

唐代の中国に李徴という男がいました。
彼は、若くして科挙に合格し地方の役人になるほど頭が良く、そして、とても意志が強い妥協のできない男でした。
立派な官職に就いたが、少しの間で辞めて、人と交わることを断ち、詩を作るようになりました。
しかし、なかなか有名になることが出来ず、生活のために、地方の官吏として働くことにしました。地方の官吏になるということは、かつて見下していた人々に使われることで耐えがたい日々を送っていました。
そういう日々が一年続き、李徴は、ある夜中、突然、発狂し森の中に駆け出します。
李徴は、夜の森の中を駆けているうちに、虎になりました。
そうして、李徴は行方不明になりました。

その翌年、袁傪という男が、商於の地に泊まりました。暗いうちに出発しようとすると、近くの者に、この先の道には、人を食らう虎が出るので夜が明けてから通る方がよいと忠告される。
しかし、袁傪は、忠告を聞かずに夜が明けないまま出発する。
歩いて行くと、虎が草むらから飛び出してきた。袁傪に飛びかかるかと思ったが、たちまち身をひるがえして草むらに戻っていく。そして草むらの中から、声が聞こえてきた。
袁傪は、その声が李徴の声であることに気づく。李徴にとって、袁傪は親友であった。
李徴は、自分が虎になった経緯を話して、袁傪に頼みごとをしました。
それは、李徴が作った詩を伝録することでした。
袁傪は部下に、李徴の詩を書きとらせました。袁傪は李徴の詩を聞きながら、秀逸さに感嘆としながらも一流の作品になるにはどこが欠けているところがあるのではないかと思います。
李徴は、詩を書き取らせた後、自分は、臆病な自尊心と、尊大な羞恥心のせいで、虎になってしまったのだと、袁傪に語り始める。
李徴は、本当は才能の不足を知ってしまうことと、一生懸命才能を磨くことを面倒くさがっただけで、一生懸命才能を磨いて詩家となったものがたくさんいるということにいまさら気づいた、と語る。そして、それを思うと、後悔が絶えない、と。
李徴は、その後悔に堪らなくなったとき、山の頂に登り、慟哭する。

夜が明け始めて、別れの時間が迫ってくる。
最後に、李徴は、妻子のことを頼み、草むらから慟哭した。
そして、袁傪の帰路の際は、決してこの道を通らないでほしいと言う。今度出会ったときは、自分が袁傪と気づくことが出来ずに襲いかかるかもしれないから。
そして、別れて、前方にある丘に登ったら、こちらを振り返ってほしいと言った。
袁傪一行が丘を登り、振り返ると、一匹の虎が茂みの中から現れ、月を仰いで、二度咆哮し、元の草むらへと帰っていって、再びその姿を見なかった。

 

心に残る一文 

本当は、先ず、この事の方を先にお願いすべきだったのだ、己が人間だったなら。飢え凍えようとする妻子のことよりも、己の乏しい詩業の方を気にかけているような男だから、こんな獣に身を堕すのだ。
そうして、附加えて言うことに、袁が嶺南からの帰途には決してこの途を通らないで欲しい、その時には自分が酔っていて故人を認めずに襲いかかるかも知れないから。又、今別れてから、前方百歩の所にある、あの丘に上ったら、此方を振りかえって見て貰いたい。自分は今の姿をもう一度お目に掛けよう。勇に誇ろうとしてではない。我が醜悪な姿を示して、以て、再び此処を過ぎて自分に会おうとの気持を君に起させない為であると。袁は叢に向って、懇ろに別れの言葉を述べ、馬に上った。叢の中からは、又、堪え得ざるが如き悲泣の声が洩れた。
袁も幾度か叢を振返りながら、涙の中に出発した。一行が丘の上についた時、彼等は、言われた通りに振返って、先程の林間の草地を眺めた。忽ち、一匹の虎が草の茂みから道の上に躍り出たのを彼等は見た。
虎は、既に白く光を失った月を仰いで、二声三声咆哮ほうこうしたかと思うと、又、元の叢に躍り入って、再びその姿を見なかった。

 

注釈

名を虎榜(こぼう)に連ね  役人採用試験(科挙)に合格すること
狷介(けんかい)  固く自分の意思を守って妥協しないこと

隴西の李徴は博学才穎、天宝の末年、若くして名を虎榜に連ね、ついで江南尉に補せられたが、性、狷介、自ら恃むところ頗る厚く、賤吏に甘んずるを潔しとしなかった。

峭刻(しょうこく) 険しいこと

この頃からその容貌も峭刻となり、肉落ち骨秀で、眼光のみ徒らに炯々(けいけい)として、

進士(しんし)  中国の隋・唐時代に行われた科挙の科目で、文学をおもとした

曾て進士に登第した頃の豊頬の美少年の俤は、何処に求めようもない。

下命を拝さねばならぬ  部下として命令を聞かねばならないこと

彼が昔、鈍物として歯牙にもかけなかったその連中の下命を拝さねばならぬことが、往年の儁才李徴の自尊心を如何に傷つけたかは、想像に難くない。

怏々(おうおう)として  不満を抱いている様子
狂悖の性(きょうはいのさが) 道理にはずれた非常識な行動を起こす性質

彼は怏々として楽しまず、狂悖の性は愈々抑え難くなった。

途(みち)に  途中での意味

勅命を奉じて嶺南に使し、途に商於の地に宿った。

驚懼(きょうく)  恐れかしこまること

驚懼の中にも、彼は咄嗟に思いあたって、叫んだ。

峻峭(しゅんしょう)  すぐれて気高いこと

温和な袁傪の性格が、峻峭な李徴の性情と衝突しなかったためであろう。

久闊(きゅうかつ)を叙した  久しぶりの再会の挨拶をすること

袁傪は恐怖を忘れ、馬から下りて叢に近づき、懐かしげに久闊を叙した。

愧赧(きたん)の念  恥じらう思い

しかし、今、図らずも故人に遇うことを得て、愧赧の念をも忘れる程に懐かしい。

経書の章句を誦(そら)んずる  儒教の古典の文章を暗誦するという意味

人語も操れれば、複雑な思考にも堪え得るし、経書の章句を誦んずることも出来る。

記誦(きしょう)  暗誦すること

今も尚記誦せるものが数十ある。

長安ちょうあん風流人士の机の上に置かれている  都・長安の読書人たちに愛読されていることを示す

己は、己の詩集が長安風流人士の机の上に置かれている様を、夢に見ることがあるのだ。

倨傲(きょごう)  傲慢であること

人々は己を倨傲だ、尊大だといった。

郷党(きょうとう)  故郷の意味

勿論、曾ての郷党の鬼才といわれた自分に、自尊心が無かったとは云わない。

俗物の間に伍ごする  平凡な人々に混じって生きていくこと。

己は俗物の間に伍することも潔しとしなかった。

碌々(ろくろく)として瓦に伍する  平凡な人々に混じって生きていくこと。「俗物の間に伍ごする」とほぼ同じ。

己の珠なるべきを半ば信ずるが故に、碌々として瓦に伍することも出来なかった。

憤悶(ふんもん)  心の中で悶えて怒ること
慙恚(ざんい)  恥じて恨み怒ること

人と遠ざかり、憤悶と慙恚とによって益々己の内なる臆病な自尊心を飼いふとらせる結果になった。

空谷(くうこく)  誰もいない寂しい谷

己は、向うの山の頂の巖に上り、空谷に向って吼える。

哮(たけ)っている  吠えている

山も樹も月も露も、一匹の虎が怒り狂って、哮っているとしか考えない。

暁角(ぎょうかく)  夜明けを告げる角笛の音

何処からか、暁角が哀しげに響き始めた。

孤弱(こじゃく)  頼る人がいなく弱いこと

彼等の孤弱を憐あわれんで、

道塗(どうと)に飢凍(きとう)する  路上にさまよい野垂れ死にすること

今後とも道塗に飢凍することのないように計らって戴けるならば、

 

 

李陵・山月記 (新潮文庫)

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林 修の「今読みたい」日本文学講座

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